技術の進歩とオンライン化は、私たちの読書習慣に変化をもたらした。手軽なデジタル画面が、紙の本がもたらす静かな読書の時間を奪うこともある。
もちろん、オンライン環境は読書の可能性を広げた。しかし同時に、次々と現れる情報やエンターテインメントは非常に魅力的で、読書への集中を妨げることも少なくない。
それでも、媒体が紙であれデジタルであれ、本を愛する人々は存在し、読書の喜びや感想を分かち合える場を求めている。新たな視点を得て、読書仲間とのつながりを築こうとしているのである。
そうした場の一つに「レアーモス(Leamos)」がある。これはスペイン語で「さあ、読もう」という意味を持つ。友人や未来の仲間たちと共に、読んだ本や優れた文学について語り合い、仕事への意欲を高め、生き方について考える集まりだ。今回、グローバル・ボイス(GV)は、マーケティングの専門家でもある「レアーモス」の創設者、ベンジャミン・エドワーズ氏に話を聞いた。
GV: AIを使えば、必要な情報や作品がすぐに手に入る時代ですが、「深く読む」という行為は、今後どこにその価値を見出していくのでしょうか。また、読書そのものの役割はどうなるとお考えですか。
ベンジャミン・エドワーズ(BE): 読書とは、現実の時間とは異なる、特別な時間への没入です。それは、読んでいる物語のリズムに心を委ねる、精神的な時間旅行のようなものです。想像力を働かせ、登場人物が織りなす物語の背景や感情を、香りや色彩といった五感で感じながら読み進めます。専門書を読む場合は、自らの知識の限界を認識し、それを超えようと脳が活発に働きます。どちらの場合も、現実世界の時間は忘れ去られ、精神的な時間の豊かさがそれに勝るのです。
GV: 読書会が持つ価値の中で、AIには代替できないものは何でしょうか。例えば、対話や解釈の共有などです。
BE: それは、対話、他者への貢献、新たな発見による驚き、異なる意見への挑戦、そして感情的なつながりです。本質的に、人間の集まりには、互いの感情を受け止め、支え合う力があります。参加者の熱意が伝染して議論が盛り上がることもあれば、停滞してしまい、司会者が活性化のための工夫を凝らす必要も出てきます。AIはシミュレーションや要約は得意で、仕事や短期的な好奇心を満たすのに役立ちます。他人の目を気にせず個人的な質問ができるため、AIと対話する人もいますが、それは鏡に話しかけているようなものです。一方、読書会のような人間の集まりでは、思考が同期し、会話が生まれる空間が作られます。そこには連帯感があり、まるで魔法使いの帽子から飛び出すように、斬新なアイデアが生まれることもあります。少なくとも今のところ、AIにはそれができません。
GV: マーケティングの専門家として、AIがユーザーに合わせて情報を選別する時代において、読書は批判的思考を養うための重要なツールになり得るとお考えですか。
BE: はい、その通りです。個人がAIを使いこなす上で重要なのは、的確な指示(プロンプト)を与える能力だと言われます。良い質問ができる人は、批判的思考力を備えていると言えるでしょう。しかし、それは一つのアイデアを練り上げ、検証し、修正しながら発展させていく能力とは異なります。答えを得ることだけが目的ではありません。そこに至る発見のプロセスも同様に重要なのです。AIにアイデアの展開を任せてしまうと、私たちはそのプロセスから切り離されます。AIが提示したアイデアは、もはや自分のものとは言えません。私たちは思考の過程を経ずに、結果だけを受け取ることになってしまいます。AIは強力な補助ツールですが、私たちの批判的・創造的な能力の中核を代替するものではありません。もしAIにそれを期待するなら、私たちは人間性の一部を失うことになるでしょう。
BE: 私は長年の読書家で、読むだけでなく執筆もします。読んだ本の内容をノートに要約し、それについて考察することもあります。世の中には読むべき本が無数にあることも知っていました。読書は基本的に一人で行う活動なので、読書家はあまり目立つ存在ではありません。もちろん読書会は存在しますが、多くは特定の一冊をテーマに、その分析や感想を語り合う形式です。また、「高尚な読書」と「気楽な読書」といった偏見が存在することも事実です。そこで2023年9月、私はジャンルを問わず本が好きな人々にLinkedInで呼びかけ、読書会を提案しました。そうして「レアーモスクラブ」が誕生したのです。