Z世代が主導しゅどうする抗議活動が、南アジアに燃え広がっている。スリランカで始まり、バングラデシュ、ネパールへと拡大したこの動きは、最近ではインドでも若者たちの怒りが政治をるがす事態となっている。これらの抗議活動は、過去10年間で縮小していた民主的な空間を再びこじけ、街に活気を取り戻した。これはあらゆる民主主義にとって健全な兆候と言えるだろう。

インドでは、相次ぐ公務員試験問題の漏洩ろうえい事件や、失業者を「ゴキブリ」と揶揄やゆした最高裁判所長官の発言ががねとなった。この発言への反発から「ゴキブリ人民党」と名乗るグループが結成され、Z世代の抗議活動が全国で勃発ぼっぱつしたのである。

この抗議の背景には様々な見方がある。1990年代以降の新自由主義政策が、エリート層の特権を温存おんぞんする一方で若者の機会を奪い、格差を拡大させた当然の結果だとする分析もあれば、強力な政権を不安定化させようとする「外国勢力」の陰謀いんぼうだとする従来型の主張もある。

しかし、試験問題漏洩ろうえいの解決と教育大臣の辞任という比較的限定的な要求にもかかわらず、抗議がカーストや階級の壁を越えて、自発的かつ熱狂的に広がったことは誰もが予想しなかったことだ。その地理的な広がりは、過去に反汚職おしょくを掲げて行われた1974年のジャヤプラカシュ・ナラヤン主導しゅどうの運動や、2011年のアンナ・ハザレ主導しゅどうの抗議活動を上回るものとなった。

ナレンドラ・モディ政権の予想に反し、抗議活動はニューデリーの指定抗議場所であり、50日間にわたる活動の中心地だったジャンタル・マンタルにとどまらず、北東部や南部の州を含むインド全土に拡大した。抗議の声を「反国家的」と決めつける与党の常套じょうとう手段は通用せず、運動への支持は膨らんでいった。

抗議開始から約1カ月後、インスタグラムで「ゴキブリ人民党」を立ち上げた創設者がデリーに到着し行進を行うと、政府は交渉を余儀よぎなくされた。その結果、デモ隊が当初から強く要求していたダルメンドラ・プラダン教育大臣が更迭こうてつされた。この平和的な抗議の成功は、教育制度の腐敗ふはいあばくとともに、かつてはモディ首相の強固きょうこな支持基盤だった若者層の「モディ離れ」をりにした。

与党インド人民党(BJP)の母体組織である民族義勇団みんぞくぎゆうだん(RSS)のトップも、抗議参加者は反国家的ではなく、抗議は正当な民主的プロセスの一部であると述べ、体制側が状況をあやまっていたことを認めるに至った。この時期、モディ政権は議会からの厳しい追及ついきゅうなど多方面から圧力を受けていた。カリスマ性の低下、現職への不満、失業、インフレ、汚職おしょくといった問題が、政権の基盤をるがしていたのだ。

皮肉なことに、モディ氏が権力の座に就いたのは、ソーシャルメディアが後押あとおしした2011年の反汚職おしょく運動がきっかけだった。そして今、彼の政権は同じ汚職おしょく問題をめぐり、今回は若者の抗議の生命線となったインスタグラムを通じて危機に直面している。

このZ世代の抗議運動は、ミームやパロディ、物まねといったユーモアを駆使くしして権威けんい風刺ふうしし、若者の間でのモディ首相の神通力じんずうりきくだいた。その影響は大きく、首相自身が深夜にインスタグラムへの投稿を試みるほどだったが、失われた支持を取り戻すには至らなかった。

運動の今後の展開を予測するのは早計そうけいだが、その性格は過去の学生運動などとは異なる。要求は教育制度の行政的な改善など、急進的なものではない。しかし、国家の強権的きょうけんてき統治とうちによってけられた恐怖を若者たちが自らの行動で克服したという心理的な影響は大きい。

南アジアの他の国々のZ世代による抗議と比較すると、スリランカでは政府転覆てんぷく、バングラデシュでは権威けんい主義体制への抵抗が主な目的だった。インドのケースは、これらの国の動きとは異なる様相ようそうていしている。

インドにとって、この抗議が意味するものは何か。人口の半分を若者が占める「人口ボーナス」は、深刻な失業問題が解決されなければ、社会を不安定化させる「負債ふさい」になりかねない。近年の大学の報告によれば、若年層の卒業生の失業率は極めて高い。この問題に特効薬とっこうやくはなく、AIの普及が状況をさらに悪化させる可能性もある。

これは、現状の最大の責任を負うべき中央政府への警鐘けいしょうである。「先進インド」といったスローガンや、有権者の歓心かんしんを買うための無料奉仕ほうし宗派しゅうは間の対立をあおる手法では、社会の根底こんていに流れる不満のマグマを抑えることはできないだろう。

もちろん、過去の市民運動が期待を裏切った記憶から、今回の運動の成果に懐疑的かいぎてきな見方もある。それでも、Z世代の抗議が、この10年で失われつつあった民主的な議論の場を再び切り開いたことは間違いない。テクノロジーが可能にした新たな形のコミュニティが、左右のイデオロギーを超えて人々を結びつけた。この絶望の時代に、若者たちがソーシャルメディアでの発信を超え、真の民主的な変革へんかくをもたらすことができるのか、その行方が注目される。