インドでは、ながい 間あいだ もんだいが ありました。わるい 人ひとに 売うられて 仕し事ごとを する 人ひとと、自じ分ぶんで えらんで セックスの 仕し事ごとを する 人ひとが、おなじだと おもわれていました。

2026年ねん5月がつ29日にち、インドの いちばん 上うえの さいばんしょが あたらしい かんがえを 出だしました。「わるい 人ひとに 売うられること」と、「おとなの 人ひとが 自じ分ぶんで えらぶ セックスの 仕し事ごと」は ちがう、と きめました。

いままでは、ふるい ほうりつが ありました。この ほうりつでは、どちらの 人ひとも おなじように あつかわれていました。さいばんしょは、これが 大おおきな もんだいだ と かんがえました。

そこで、さいばんしょは あたらしい しらべかたを はじめるように いいました。けいさつに たすけられた おとなの 女おんなの 人ひとが「この 仕し事ごとは 自じ分ぶんで えらびました」と いった とき、まず「ほんとうに そうですか」と しらべます。これは、女おんなの 人ひとが 自じ分ぶんで きめることを たいせつに する、あたらしい かんがえかたです。

この あたらしい きまりは、「人ひとを たいせつに すること」を いちばん かんがえています。わるい 人ひとに 売うられると、人ひとは たいせつに されません。国くには、わるい ことを された 人ひとが、ふつうの 生せい活かつに もどるのを てつだう ことが 仕し事ごとに なりました。

でも、もんだいは まだ あります。わるい 人ひとに 売うられる 人ひとは、まだ たくさん います。2024年ねんには、5,800人にんぐらいの 人ひとが わるい ことを されました。

それから、おとなの 人ひとが 自じ分ぶんで えらぶ セックスの 仕し事ごとが、ほうりつで いい ことに なるかは、まだ きまっていません。

この あたらしい きまりが、ほんとうに まもられるかが いちばんの もんだいです。さいごに、国くにが あたらしい ほうりつを つくらなければ なりません。この あたらしい かんがえが、これから どうなるか、みんなが 見みています。