むかし、ポルトガルは とても まずしい 国くにでした。たくさんの 人ひとが 字じを よむことや かくことが できませんでした。

1974年ねん、ポルトガルの 国くにが 大おおきく かわりました。

たくさんの 人ひとが「いい 家いえが ほしいです。よくない 家いえは いやです」と 言いいました。

はたらく 人ひとや まずしい 人ひとたちが、国くにが つくった 家いえに はいりました。その 家いえは あたらしいのに、だれも すんで いませんでした。

そのとき、ポルトガルには よくない 家いえに すんでいる 人ひとが とても 多おおかったです。だから、国くには「SAAL」という ことを はじめました。

「SAAL」は、家いえが ほしい 人ひとたちと、家いえを つくる 仕事しごとを する 人ひとたちが いっしょに 家いえを つくる ことでした。

あたらしい 家いえは、みんなが まえに すんでいた ばしょの ちかくに つくりました。となりの 人ひとと これからも なかよく いるためです。

この 仕事しごとでは、女おんなの 人ひとたちも とても がんばりました。

「SAAL」は 1976年ねんに おわりました。みじかい 間あいだでしたが、みんなで まちを よくする、とても いい ことでした。