ロシア連邦の構成共和国の一つであるバシコルトスタン共和国、通称バシキリア地方には、今も昔ながらの伝統が息づいている。広大な大草原の風景、歌うような話し方、独特の挨拶など、その文化的な遺産は、博物館に飾られるだけでなく、人々の生活の中に生き続けている。この地に住む先住民族のバシキール人は、氏族を基盤とした社会を守り伝えてきた。それぞれの氏族には、代々受け継がれてきた土地や起源を語る伝説があり、「タムガ」と呼ばれる氏族を象徴する記号は、現代でも工芸品や旗、紋章などに使われている。
チュルク系の民族であるバシキール人は、バシコルトスタン共和国の先住民族であり、ロシア国内でも大きな民族グループの一つで、その人口は約160万人にのぼる。近年、特に若い世代の間で、本来のバシキール文化への関心が高まっている。オンラインでバシキール語を学んだり、休日に故郷の村へ帰省したりする若者が増えている。そして、首都ウファで開かれる「サマウリリー・リタイム」という集まりに参加し、伝統的な管楽器「クライ」の演奏を聴き、馬乳酒を味わう。彼らはこうした活動を通して、自分たちの伝統が過去のものではなく、現在に生き続けていることを改めて認識しているのである。
今年もバシコルトスタン共和国の首都ウファで、「サマウリリー・リタイム」(サモワール・ダンス)の季節がやってきた。このイベントは5年前に始まったが、当時は10人ほどの若者がウファの河岸に集まり、お茶と音楽を楽しむ小さな集まりにすぎなかった。しかし、今では2,000人以上が参加する活気のあるイベントへと発展した。なぜこのイベントは若者たちの心をとらえ、多様な民族的背景を持つ人々が集まる場所になったのだろうか。
ウファを流れるアギデル川の堤防に、霧の中から木管楽器「クライ」の柔らかな音色が響き渡る。即席のステージのそばには大きな湯沸かし器「サモワール」が置かれ、ボランティアが火の準備をしている。伝統的な衣装を身にまとった女性たちは、郷土料理の「チャクチャク」や馬乳酒をテーブルに並べる。男性の中には、キツネの尾がついた毛皮で縁取られた帽子をかぶる者や、共和国の旗を持ってくる者もいる。小雨が降る中でも、音楽に誘われて、あっという間に数百人の若者が集まってきた。
サモワールを囲んで踊るパーティは、昔からバシキールの村々で行われてきた伝統だ。しかし、都市部でこのような集まりが開かれることはほとんどなかった。2020年6月17日、15人にも満たない人々が、ウファの河岸で最初のサマウリリー・リタイムを開いた。発起人の一人であるルスタム・アブドラザコフ氏は、「都市でティーパーティを開くことは、伝統を守りつつも未来を見据えた活動だと感じました」と当時を振り返る。「友人を誘ったところ、みんなとても気に入ってくれました。サモワールに火をつけ、歌い、踊りました。その後、開催回数を重ねるうちに、参加者はどんどん増えていきました」と彼は語った。
このイベントは隔週水曜日の夜に開催される。アブドラザコフ氏によれば、大学進学などで村からウファに出てきて、普段はロシア語で生活していても、母語であるバシキール語を大切にしたいと考える若者にとって、この集まりは不可欠なものだという。また、友人作りの良い機会にもなっていると彼は話す。「ここでは、若者たちが3〜4時間、自由に故郷の言葉で話して過ごします。この5年間で12〜13組のカップルが誕生し、今では子どもを連れて参加しています。都市で育ち、バシキール語をあまり話せない若者たちも、自分たちの言語や文化、音楽に再び興味を持つきっかけになっています」。
最初の頃、ウファでの参加者は50人未満だったが、今では1,000人を超えることもある。ダンスグループや音楽家なども招待され、参加者はお茶を飲み、ベシマルバックという料理を味わい、詩を朗読し、バシキール語で伝統的な歌や現代の歌を歌って楽しむ。ウファ出身のアリナ・ザヒドゥリナさんは、2022年にロシアを離れていた時にSNSでこのイベントを知り、帰国後すぐに参加し始めたという。「もっと早く自国の文化に目を向けるべきでした。故郷に帰り、この文化に恋をしたのです。伝統的な歌だけでなく、現代のアーティストの曲も歌われていることに感動しました。この集まりの最も重要な点は、文化と言語の保護です。参加者の多くは若者であり、彼らが次の世代の子どもたちに文化を伝えていくのですから」と彼女は語った。
イデル・グメロフさんもこのイベントの常連の一人だ。彼が特に良い点だと考えているのは、アルコールなしで楽しめ、しかも参加が無料であることだという。彼にとって、このイベントは仕事で疲れた日々の、楽しい気晴らしになっている。
現在、同様のイベントはバシキリア地方の辺鄙な町でも開かれるようになった。ウファで撮影された動画は、インターネット上で何千回も再生されている。しかし、このイベントが公的な支援を受けているかどうかは不透明である。主催者は、運営はすべて寄付金で賄われていると説明しており、公的支援に関する質問には「挑発的な質問には答えない」と回答を拒否している。また、地域の文化省もイベントへの関与を否定している。
バシキール語学習クラブを設立したタンスルパン・ブラカエバ氏は、「国からの支援がないからこそ、年齢や国籍に関係なく、誰もが自由に参加できるのです。もし国がこのイベントを主導すれば、すぐに政治的な宣伝に利用されてしまうでしょう」と推測している。
ブラカエバ氏にとって、このイベントは郷愁を誘うものであると同時に、古い伝統の復活でもあるという。「昔のバシキールの村には、若者たちの出会いの場や、仕事終わりの癒しの場となる伝統的な集まりがありました。また、戦争などの悲劇があった時には、人々は足踏みダンスを踊って苦しみを乗り越えました。現在のサマウリリー・リタイムは、そうした伝統を市民活動家たちが復活させ、広めているのです」と彼女は説明した。
しかし、すべての市民がこのイベントを歓迎しているわけではない。SNSなどでは、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻後の現状を考えると、このようなイベントは不適切だと批判する意見も見られる。一方で、「戦争が続く困難な状況だからこそ、人々にはつらい現実を一時的に忘れられる場所が必要だ」と反論する声もある。