ボスニア・ヘルツェゴビナと いう くにが あります。 その くにに ゼニツァと いう まちが あります。 この まちに ゆうめいな まんがの がっこうが あります。 この がっこうは 30ねん より まえに できました。 その とき くにでは せんそうが ありました。 せんそうは とても たいへんでした。 たくさんの ひとが こわい きもちでした。 とくに こどもたちは まいにち こわかったです。 がっこうは こどもが あんしん できる ばしょでした。 こどもたちは がっこうで まんがを かきました。 えを かく とき いやな ことを わすれました。 まんがの せかいは とても たのしかったです。

この がっこうは ただの がっこうでは ありません。 つよい こころを そだてる ばしょです。 じゆうに かんがえて つくる ことを おしえます。 いままでに 200にん ぐらいの ひとが べんきょう しました。 そして 70にん ぐらいが プロの まんがかに なりました。 くにの なかや ちかくの くにで とても ゆうめいです。 がいこくで はたらく ゆうめいな まんがかも います。 ケナン・ハリロヴィッチさんたちが そうです。 この がっこうの そつぎょうせいは いい まんがを かきます。 みんな この がっこうは すばらしいと いいます。

がっこうを つくった ひとは アドナディン・ヤシャレヴィッチさんです。 かれは いいます。 「せんそうの とき まんがは こどもを たすけました。」 「おなかが すいた ことも わすれる ことが できました。」 いまも まいとし 10にん ぐらいの こどもが がっこうに はいります。 じぶんの きもちを まんがで かく ほうほうを ならいます。 この がっこうは 「Horostop」などの ざっしも つくります。 がっこうの はなしを みんなに しらせます。 「この しごとを やめません。」と かれは いいます。

いま まんがの つくりかたは かわりました。 むかしは かみと ペンで かきました。 いまは パソコンや タブレットを つかいます。 とても はやく かんたんに かけます。 でも あたらしい もんだいも あります。 AIと いう ぎじゅつです。 AIは ひとりで えを かいたり はなしを つくります。 ある まんがかは しんぱい して います。 かれは いいます。 「だれでも アーティストに なれます。」 「でも ほんとうの アーティストは いなくなります。」 また まんがの ほんは ねだんが たかいです。 こどもが かうのは たいへんです。

でも ボスニア・ヘルツェゴビナの まんが ぶんかは つよいです。 くにや おおきな かいしゃの おかねは すくないです。 でも まんがが すきな ひとたちが がんばります。 まちで まんがの イベントも ふえて います。 こどもは イベントで まんがを よんだり かいたり します。 すばらしい まんがかも たくさん います。 エニス・チシッチさんは アメリカで はたらきました。 イスメット・エルディッチさんは くにの れきしを まんがに しました。 この まんがは がっこうの じゅぎょうで つかいます。 まんがは みんなの ちからに なります。 ゼニツァの がっこうは これからも たいせつな ばしょです。