ボスニア・ヘルツェゴビナに 「ゼニツァ」と いう まちが あります。そこに、まんがを べんきょうする 学校がっこうが あります。

この 学校がっこうは、30ねんぐらい まえに できました。その とき、せんそうが ありました。どもたちは とても たいへんでした。

学校がっこうは、どもたちが まんがを いて、いやな ことを わすれる ばしょでした。そして、みんな たのしく なりました。

アドナディン・ヤシャレヴィッチさんが この 学校がっこうつくりました。ヤシャレヴィッチさんは います。「せんそうは こわかったです。でも、まんがは どもたちを たすけました」。

たくさんの わかい ひとが この 学校がっこうで べんきょうしました。その なかには、外国がいこく有名ゆうめいな まんがかに なった ひとも います。

いま、まんがの ほんは すこし たかいです。だから、どもが かんたんに う ことは できません。

でも、まんがが すきな ひとは たくさん います。この 学校がっこうは これからも 大事だいじな ばしょです。そして、あたらしい まんがを かく ひとまれるでしょう。