アイシャさん(仮名かめい)は、ナイジェリアの診療所しんりょうじょでHIVの治療ちりょうを受うけていました。アメリカの「PEPFAR」というプログラムからの支援しえんで、薬は無料むりょうでした。この薬(ART)のおかげで、体からだの中なかのHIVウイルスは増ふえない状態じょうたいでした。しかし、アメリカの大統領だいとうりょうがこのプログラムへの資金しきん提供ていきょうをやめるよう命令めいれいし、状況じょうきょうが大おおきく変かわりました。「診療所しんりょうじょに行いくと、『もう薬は無料むりょうではありません』と言いわれ、とても驚おどろきました。自分でお金を払はらうことはできませんでした」とアイシャさんは話はなします。ナイジェリアはHIVに感染かんせんしている人ひとが世界せかいで4番目ばんめに多おおい国くにで、たくさんの人ひとがこの支援しえんを必要ひつようとしていました。

PEPFARの活動かつどうは一部いちぶ再開さいかいしましたが、予算よさんはとても少すくなくなりました。その結果けっか、世界中せかいじゅうで1700以上いじょうのHIV関連かんれん施設しせつが閉しまりました。アイシャさんのようなナイジェリアのHIV患者かんじゃたちは、経済的けいざいてきな問題もんだいで病院びょういんの治療ちりょうをあきらめました。そして、科学的かがくてきな根拠こんきょがない「イスラム医学いがく」と呼よばれる民間みんかん療法りょうほうに頼たよるようになりました。「『一度いちどの治療ちりょうでウイルスが完全かんぜんに治なおる』という話はなしを聞きき、信しんじてしまいました。私わたしは家いえにある大事だいじなものを売うって、その薬を買かうことを決きめました」とアイシャさんは言います。

このような民間みんかん療法りょうほうを行おこなう人ひとたちは、SNSなどを通つうじてハーブなどで作つくった薬を売うっています。そして、「この薬を一度いちど買かえば、数すうか月げつでHIVが完全かんぜんに治なおる」と約束やくそくします。しかし、感染症かんせんしょうの専門せんもんの医者いしゃは、その主張しゅちょうをはっきりと否定ひていします。「科学的かがくてきに、HIVを完全かんぜんに治なおす治療ちりょう法ほうはまだありません」と説明せつめいします。病院びょういんで使つかうARTは、ウイルスが体からだの中なかで増ふえるのを防ふせぐためのものです。病気びょうきそのものを治なおすものではないのです。ARTはウイルスを抑おさえて、病気びょうきと戦たたかう体からだの力ちから(免疫めんえき)を助たすけます。

では、なぜ患者かんじゃたちは証明しょうめいされていない民間みんかん療法りょうほうを信しんじてしまうのでしょうか。それは、療法りょうほうを行おこなう人ひとたちが宗教しゅうきょうの言葉ことばを使つかうからです。ナイジェリア北部ほくぶにはイスラム教徒きょうとが多おおく、イスラム教きょうの聖典せいてんの言葉ことばを引用いんようすると、人ひと々は信しんじやすくなります。しかし、イスラム教きょうの学者がくしゃたちは、これを「宗教しゅうきょうを悪用あくようした詐欺さぎだ」と強つよく批判ひはんしています。学者がくしゃは、「宗教しゅうきょうの教おしえは、科学的かがくてきな研究けんきゅうを勧すすめるものであり、根拠こんきょのない治療ちりょうを正ただ言いうものではない」と説明せつめいしています。

アイシャさんは民間みんかん療法りょうほうの薬を2か月間げつかん使つかいましたが、健康けんこう状態じょうたいはよくなりませんでした。それどころか、前まえの悪わるい症状しょうじょうがまた現あらわれて、体からだはどんどん弱よわくなっていきました。「体からだの中なかではウイルスが増ふえ続つづけているのに、私わたしは大切たいせつな財産ざいさんをすべて、嘘うその約束やくそくのために使つかってしまったと気きづきました」。今いま、彼女は新あたらしい困難こんなんに直面ちょくめんしています。以前いぜんは無料むりょうだった診察しんさつや検査けんさのお金を、これからは全部ぜんぶ、自分で払はらわなければならなくなったのです。