この記事は SciDev.Net の報道(CC BY 2.0)をもとにした日本語訳です。

アイシャさん(仮名)はかつて、ナイジェリア北東部の都市マイドゥグリにある診療所しんりょうじょで、無料むりょうこうレトロウイルス療法りょうほう(ART)をけていた。この治療ちりょうは、米国大統領べいこくだいとうりょうエイズ救済きゅうさい緊急きんきゅう計画けいかく(PEPFAR)の資金提供しきんていきょうによるもので、彼女かのじょ体内たいないのHIVは抑制よくせいされた状態じょうたいたもたれていた。

しかし、2025ねん1がつ米国べいこくのドナルド・トランプ大統領だいとうりょう当時とうじ)がPEPFARへの資金提供しきんていきょう停止ていしめいじたことで、状況じょうきょう一変いっぺんした。

診療所しんりょうじょくと、くすりはもう無料むりょうではないとわれ、愕然がくぜんとしました。自費じひ支払しはら余裕よゆうはなかったからです」と、アイシャさんはかたった。

PEPFARは2025ねん2がつ活動かつどう一部いちぶ再開さいかいしたものの、大幅おおはば予算削減よさんさくげん見舞みまわれた。エイズ研究けんきゅう財団ざいだんamfARの調査ちょうさによれば、PEPFARからの支払しはらいが停止ていしまたは遅延ちえんした結果けっか世界せかいすくなくとも1,714カしょのHIV関連かんれんサービス施設しせつ完全かんぜん閉鎖へいさされ、うしなわれた資金しきんほか方法ほうほうおぎなえた施設しせつはほとんどなかった。

支援団体しえんだんたい医薬品いやくひん在庫切れざいこぎれ経済的けいざいてきかべ直面ちょくめんし、アイシャさんをはじめとするナイジェリア北部ほくぶ、ニジェール、チャドのHIV患者かんじゃたちは、科学的かがくてき有効性ゆうこうせい証明しょうめいされたARTを断念だんねんし、いわゆる「イスラム医学いがく」をうたって地元じもと販売はんばいされる、規制きせいされていない代替だいたい療法りょうほうたよるようになっている。

一度いちど治療ちりょうでウイルスを完全かんぜんなおせると伝統でんとう療法士りょうほうしはなしき、そのくすりうために家財かざい決心けっしんをしました」。アイシャさんは、療法士りょうほうし根拠こんきょのない主張しゅちょうしんじてしまった当時とうじかえる。

彼女かのじょおちいった絶望的ぜつぼうてき状況じょうきょうは、カノ、バウチ、ゴンベ、マイドゥグリといったナイジェリア北部ほくぶ都市部としぶひろがる憂慮ゆうりょすべき傾向けいこううつしている。そこでは、公的こうてき支援しえん縮小しゅくしょうによってしょうじた治療ちりょう空白くうはくを、代替医療だいたいいりょう施術者せじゅつしゃたちがめているのだ。

こうした施術者せじゅつしゃ一部いちぶは、地域社会ちいきしゃかいの口コミやソーシャルメディアをつうじて、ハーブなどを調合ちょうごうしたくすり販売はんばいしている。そして、自分じぶんたちの製品せいひん一度いちど購入こうにゅうすれば、すうげつでHIVが完治かんちすると約束やくそくする。

一度いちどきりの出費しゅっぴで、自分じぶんいのち経済的けいざいてき負担ふたんも、これで完全かんぜんすくわれるのだとおもいました」とアイシャさんはかたる。

PEPFARは2003ねん開始かいし以来いらい世界せかいのHIV/エイズ対策たいさくに1000おくべいドル以上いじょうとうじ、50カこく以上いじょうで2000万人まんにんえる人々ひとびとこうレトロウイルス療法りょうほうささえてきた、世界最大規模せかいさいだいきぼ支援しえんプログラムである。

ナイジェリアは、みなみアフリカ、モザンビーク、インドにいで世界せかいで4番目ばんめにHIV感染者かんせんしゃおおくにだ。同国どうこくではPEPFARによって78おくべいドル以上いじょう拠出きょしゅつされ、190万人まんにん以上いじょうがART治療ちりょうけられるようになった。

しかし、この米国べいこくからの支援しえん凍結とうけつされたことで、科学的かがくてき未検証みけんしょう治療法ちりょうほうある民間みんかん療法士りょうほうしたちに好機こうきまれてしまった。

ナイジェリア北部ほくぶ主要しゅよう都市としカノでは、「サルキン・ラカニン・ジハル・カノ」の通称つうしょうられる伝統でんとう療法士りょうほうしのユスフ・ムハンマド・スフィが、自身じしん製品せいひんでほとんどの患者かんじゃを「治癒ちゆさせた」と主張しゅちょうしている。かれ製品せいひんは、HIV治療用ちりょうようが4まん5000ナイラ(やく33べいドル)、進行しんこうしたエイズ患者かんじゃけのものでは25まんナイラ(やく183べいドル)にもなる。

同様どうように、カノしゅうとボルノしゅうで「カシュフル・アレール・イスラム医療いりょうセンター」を運営うんえいするアブドゥラヒ・ユヌス・ウマルも、自身じしん治療法ちりょうほうによって各地かくちのHIV陽性者ようせいしゃを「治癒ちゆさせた」と報告ほうこくされているとかたる。これは、現代医学げんだいいがくですらまだ達成たっせいできていないことだ。

こうした主張しゅちょうたいし、マイドゥグリ大学だいがく付属病院ふぞくびょういん内科ないか感染症科かんせんしょうか所属しょぞくするアブバカル・イブラヒム医師いしは、真っ向まっこうから否定ひていする。「科学的かがくてきに、くすりでHIVを完治かんちさせる治療法ちりょうほう存在そんざいしません。現在げんざいナイジェリアでもちいられているARTも、HIVを治癒ちゆさせることはできないのです」。

ART(こうレトロウイルス療法りょうほう)は、体内たいないでHIVが増殖ぞうしょくするのをふせぎ、ウイルスのりょう(ウイルスりょう)を減少げんしょうさせる治療法ちりょうほうだ。これにより、免疫めんえきシステムが回復かいふくする時間じかんて、感染かんせんたたかうCD4-T細胞さいぼうというリンパ球りんぱきゅうふたたつくせるようになる。

「ARTはあくまで、ウイルスりょう検出けんしゅつできないレベルまで抑制よくせいし、体内たいないでの活動かつどうおさむためのものです」とイブラヒム医師いし説明せつめいする。

ウマルやスフィらが宣伝せんでんする治療法ちりょうほうは、しばしば宗教的しゅうきょうてき文脈ぶんみゃくかたられる。かれらはイスラムきょう聖典せいてんクルアーンとならおしえのみなもととされるハディース(預言者よげんしゃムハンマドの言行録げんこうろく)の一節いっせつ引用いんようし、「かみは、その治療法ちりょうほうつくらずしてやまいつくることはない」と解釈かいしゃくして、みずからの治療法ちりょうほう正当性せいとうせい主張しゅちょうする。

イスラム教徒きょうと多数たすうめるナイジェリア北部ほくぶでは、こうしたおしえをすことで、患者かんじゃたいする主張しゅちょう説得力せっとくりょくす。

「そのくすり宗教しゅうきょうおしえにもとづいているのだから、かないはずがないとしんんでしまいました。診療所しんりょうじょではもう無料むりょうくすりをもらえない以上いじょう、これが根本的こんぽんてき解決策かいけつさくだとおもったのです」とアイシャさんはう。

カノでおこなわれた治療法ちりょうほう選択せんたくかんする調査ちょうさでは、伝統でんとう療法士りょうほうし患者かんじゃ双方そうほうが、預言者よげんしゃにまつわる医学的いがくてき古典籍こてんせきから一節いっせつ引用いんようしている実態じったいあきらかになっている。

しかし、主流派しゅりゅうはのイスラム学者がくしゃたちは、こうした行為こういはイスラムのおしえを商業的しょうぎょうてき悪用あくようするものだとつよ批判ひはんしている。

カノを拠点きょてんとするイスラム学者がくしゃのムハンマド・マフムード・ムスタファは、「うたわれている効果こうかのない治療薬ちりょうやく販売はんばいすることは、アッラー(かみ)によってきびしくきんじられている詐欺さぎ行為こういです」と断言だんげんする。

「このような詐欺さぎ被害ひがいったひとだれでも、イスラムのおしえにもとづき、うばわれた財産ざいさん危険きけんにさらされた健康けんこうについて、加害者かがいしゃ説明責任せつめいせきにんもとめる権利けんりがあります」。

ムスタファはさらに、療法士りょうほうしたちが引用いんようするハディースは、正規せいき科学かがく研究けんきゅう奨励しょうれいするものであり、規制きせいのない商業しょうぎょう活動かつどう正当化せいとうかするものではないと強調きょうちょうする。

自然界しぜんかい治療法ちりょうほう存在そんざいすることと、人間にんげんがその治療法ちりょうほうがどこにあるかをっていることのあいだには、おおきなへだたりがあります」。

「つまり、そのハディースの伝承でんしょうは、公衆衛生こうしゅうえいせい当局とうきょくみとめた正規せいき研究者けんきゅうしゃたいし、ねばづよ科学的かがくてき探求たんきゅうつづけるよううながすものであって、個人こじんが『現代科学げんだいかがくでも未検証みけんしょう治療法ちりょうほうつけた』と主張しゅちょうすることを正当化せいとうかするものではないのです」。

民間みんかん療法士りょうほうし薬草やくそう療法りょうほうに2カ月間げつかんたよったアイシャさんだったが、健康状態けんこうじょうたい一向いっこう改善かいぜんしなかった。それどころか、以前いぜん症状しょうじょうふたたあらわはじめ、からだはますます衰弱すいじゃくしていったという。

からだなかではウイルスがつづけているのに、わたしはなけなしの財産ざいさんをすべて、からっぽの約束やくそくんでしまったのだとづきました」。

いま彼女かのじょあらたな困難こんなん直面ちょくめんしている。かつては公的こうてき支援しえん全額ぜんがく賄われていた診察料しんさつりょうや、定期的ていきてきなウイルスりょう検査けんさ事務手数料じむてすうりょうなどを、すべて自費じひ支払しはらわなければならなくなったのだ。