いま せかいに あたらしい コンピューターが あります。 なまえは AI です。 AIは ひとと おなじように かんがえます。 とても あたまが いい です。 アメリカや ちゅうごくが AIを つくって います。 みんなで 「どちらが はやいか」 くらべて います。 これは ゲームみたい です。 でも だれも この ゲームを やめる ことが できません。

はじめは アメリカの AIが いちばん でした。 でも いまは ちゅうごくの AIも とても すごい です。 せかいの たくさんの ひとが ちゅうごくの AIを つかいます。 AIは わたしたちの くらしを よい ものに します。 とても べんり です。 でも あぶない ことも あります。 くにの えらい ひとたちは しんぱい して います。 あんぜんな やくそくが いると かんがえて います。

あるとき アメリカの かいしゃの ひとが いいました。 「AIを つくる はやさを すこし おそく しましょう」。 「ゆっくり つくる ほうが いい です」と いいました。 どうして でしょうか。 ひとつは あんぜんの ため です。 はやく つくる と あぶない AIに なる ことも あります。 もう ひとつは おかねの はなし です。 すごい AIを つくる とき たくさん おかねが いります。 みんなで おなじ やくそくを つくる と おかねの しんぱいが すくなく なります。

でも 「みんなで ゆっくり」は かんたんでは ありません。 もし アメリカだけ つくる のを やめたら どう なりますか。 ちゅうごくは その あいだも AIを つくります。 そして ちゅうごくは もっと つよく なります。 アメリカは それが いや です。 だから アメリカだけ やめる ことは できません。 ちゅうごくも おなじ です。 あいてが なにを するか わかりません。 だから じぶんも とまる ことが できません。

むかしの えいがの はなし です。 えいがの なかに かしこい コンピューターが でました。 コンピューターは せんそうの ゲームを しました。 そして ひとりで 「この ゲームは やめます」と きめました。 でも いまの AIの ゲームは ちがいます。 たくさんの くにや かいしゃが います。 みんな じぶんが いちばんに なりたい です。 だから だれも ひとりで やめる ことは できません。 だれかが さきに とまる ことが ひつよう です。 これは AIだけの はなしでは ありません。 わたしたち みんなの はなし です。