いんど の おおきい まち の はなし です。 そこに は ふうふ が すんで います。 ふたり とも しごと を して います。 ですから、おかね は あります。 でも、こども は いません。 このような ふうふ を DINK と よびます。 いま いんど の まち では、DINK の ふうふ が とても おおく なりました。 みんな、どうして こども が いない の でしょうか。 その はなし を します。

こども を おおきく する には、おかね が とても たくさん いります。 ある わかい ふうふ が いました。 ふたり は たくさん おかね を もらって いました。 でも、「こども は むり です」と いいました。 がっこう の おかね など が とても たかい から です。 いんど の まち では、こども ひとり を おおきく する のに 1000まん えん ぐらい かかります。 とても たかい です。 ですから、おかね が あっても こども を うむ のは たいへん です。

むかし は、こども が おや を たすけました。 おや が とし を とった とき、こども が せわ を しました。 でも、いま は ちがいます。 こども は しごと の ために とおい まち や がいこく へ いきます。 だから、おや の ちかく に いません。 おや を たすける こと が できません。 くに から もらえる おかね も すくない です。 みんな、とし を とった とき の せいかつ が こわい です。 こども が いても、たすけて くれません。 だから、じぶん で おかね を ためます。 DINK の ふうふ は ちょきん を したり、いえ を かったり します。

おかね の はなし だけ では ありません。 じかん の はなし も あります。 いんど では、おんなのひと が うちの しごと を たくさん します。 りょうり や そうじ です。 こども の せわ も します。 おんなのひと は 1にち に 7じかん ぐらい うちで はたらきます。 でも、おとこのひと は 3じかん ぐらい です。 とても すくない です。 こども が うまれると、おんなのひと は もっと もっと たいへん に なります。 しごと を やめる ひと も います。 おとこのひと は こども の ための やすみ が あまり ありません。 おんなのひと だけ が たいへん です。

このような こと が あるので、こども を うまない ふうふ が います。 ふたり で よく はなし を します。 「こども が ほしい ですか」「おかね は ありますか」「しごと は どうしますか」。 いろいろな こと を かんがえます。 そして、ふたり で きめます。 「わたしたち は こども が いない せいかつ を します」。 いま、この かんがえかた は わるい こと では ありません。 DINK は、ふたり が よく かんがえて えらんだ あたらしい せいかつ の かたち です。