世界銀行がインドの極度の貧困率が2011年の27.1%から2.6%へと劇的に低下したとの見解を示し、インド国内で議論を呼んでいる。しかし専門家らは、その根拠となる統計データの比較方法に問題があり、近年の経済実態ともそぐわないと指摘している。
この主張の主な根拠は、インド国家統計局(NSO)が実施した2022-23年の家計消費支出調査である。しかし、この調査は2011-12年の前回調査から手法が大きく変更されている。従来は1回だった世帯への聞き取り調査が3カ月にわたる複数回の訪問方式になったほか、政府が提供する食料などの無料配給品の価値も消費額として算入されるようになった。
過去の研究では、複数回訪問することで回答の精度が上がり、報告される消費額が増加する傾向があることが示されている。これらの変更は、見かけ上の消費支出を従来より高く見積もる効果があり、結果として貧困率を人為的に押し下げる可能性がある。そのため、手法の異なる新旧のデータを単純に比較して、貧困が「劇的に減少した」と結論づけることには問題があると専門家は指摘する。
本来であれば、調査方法の変更を考慮した新しい「貧困ライン」(貧困層を定義する収入・消費の基準)を設定する必要があるが、それは行われていない。インド政府は2014年以降、独自の貧困ラインを公表しておらず、世界銀行の推計に依存しているのが現状だ。データの制約を無視して成果を強調する姿勢は、インド政府の政策シンクタンクであるNITIアーヨグが発表し、同様に貧困の大幅削減をうたう「多次元貧困指数」にも見られるという。
貧困が大幅に減少したという見解は、近年の経済状況とも一致しない点が多い。インド経済は、2004年から2014年にかけて年平均7.8%という高いGDP(国内総生産)成長を記録したが、2014年から2024年にかけては6.2%に鈍化した。経済成長の原動力である貯蓄率や投資率も、近年は低下傾向にある。
経済成長の質も変化した。2014年以前は、大企業などが属する正規部門と、個人事業主などが多い非正規部門の両方で成長が見られ、非農業分野の雇用は年間750万人という記録的なペースで増加した。しかし、2016年以降の高額紙幣の廃止や、新型コロナウイルス対策の全国的なロックダウンは、非正規部門や中小・零細企業に大きな打撃を与えた。その後の経済回復は、富裕層と貧困層の格差が広がる「K字型回復」となり、国内の不平等を深刻化させている。
雇用構造の変化も大きい。2014年までは、人々が農業からより賃金の高い非農業分野へ移動するという、経済発展に伴う健全な労働移動が見られた。しかし近年、この流れは逆転している。都市部で職を失った人々が農村に戻るなどして、2020年以降、約6500万人が新たに農業に従事するようになった。
世界銀行は近年の雇用増を貧困削減の根拠の一つとしているが、その多くが生産性の低い農業分野での雇用である。特に、かつては農業を離れ、より高い教育を受ける傾向にあった女性たちが、賃金の支払われない家族の労働力として農業に戻るケースが増えている。実際、2017年以降、都市部・農村部ともに実質賃金は伸び悩んでいる。
2004年から2014年にかけては、実質賃金の上昇が個人消費を押し上げ、インドの歴史上初めて貧困層の「絶対数」が減少した。しかし、2015年以降は賃金が停滞し、若者や失業者のために必要とされる年間1200万人の非農業分野での新規雇用も、半分程度しか創出できていない。
専門家は、こうした経済状況を総合すると、2015年以降のインドにおける貧困削減のペースは大幅に鈍化したと見ている。貧困が減少した可能性はあるものの、世界銀行が主張するような「劇的な」減少があったかについては、信頼できるデータがなく、依然として不明であると言わざるを得ない。