この記事は SciDev.Net の報道(CC BY 2.0)をもとにした日本語訳です。
【モンロビア】ロルプさん(仮名)は3年以上もの間、産科瘻孔による尿と便の絶え間ない失禁に苦しんできた。産科瘻孔は、出産時に体に大きな負担がかかることで起きる後遺症の一つである。
この症状は、長引く困難な分娩(難産)の際に、適切な医療が受けられないことなどが原因で、産道と膀胱や直腸との間に穴が開いてしまうものである。国連人口基金(UNFPA)によれば、世界で年間約50万人の女性や少女が罹患し、その半数はサハラ以南のアフリカに集中している。
ロルプさんが産科瘻孔を発症したのは、2020年6月、リベリア南東部のシノエ郡で長時間にわたる出産を経験したときだった。当時17歳だった。赤ちゃんが産道で動けなくなり、何時間も痛みを伴う陣痛に耐えた。「助産師が『いきんで、いきんで!』と言い続ける声が聞こえましたが、もう息もできませんでした」と、ロルプさんは涙をこらえながら語った。「赤ちゃんはもうすぐ出てくると言われましたが、決して出てきませんでした。痛みは炎のようで、その後、目の前が真っ暗になりました」。最終的に、赤ちゃんは死産だった。
3日後、ロルプさんは産科瘻孔を発症したという説明もないまま退院させられた。失禁と、我が子を失った悲しみに苦しむロルプさんは、産後うつと不眠症に陥り、一時は母親や恋人の顔さえ認識できなくなった。
3週間後、ロルプさんと母親は治療法を探し始めた。地元の伝統療法士を訪ねると、失禁は子宮の打撲が原因だと言われた。1カ月分の治療のために、3000リベリア・ドル(約17米ドル)に加え、米3キロ、鶏3羽、パーム油1ガロンを支払ったが、効果はなかった。別の療法士も試したが治らず、叔母から300米ドルを借りて首都モンロビアへ向かった。
首都郊外のペインズビルにある二つの病院を訪れたが、「子宮周辺の感染症だと言う医師もいました」とロルプさんは言う。最終的に、モンロビアに住む家族の友人を通じて、セント・ジョセフ・カトリック病院が主催する無料の瘻孔治療キャンペーンの情報を得た。ここの医師たちがようやく彼女の症状を正確に診断したが、彼女が病院に着いた時にはキャンペーンはすでに終了しており、手術は受けられなかった。
ロルプさんは、これまでに治療法を探すために16万リベリア・ドル(約914米ドル)以上を費やしたと推定している。「商売のためのお金をすべて失いました。私の農場も、母のパーム油事業もだめになりました」と彼女は語る。
リベリア保健省の家族保健ユニットで副部長を務めるターメイ・イェケ=サー氏によると、リベリアでは毎年約100人の女性が産科瘻孔に苦しんでいるという。しかし、これは治療キャンペーンに名乗り出た女性の数に基づいた大まかな推定値に過ぎず、「報告された瘻孔患者の明確な記録はありません」と彼女は言う。「患者の年齢層を見ると、若者が多く、3分の2近くが25歳以下です」。
泌尿器科医でリベリア医療歯科評議会の議長でもあるアユン・キャセル氏は、治療費もさることながら、産科瘻孔の修復手術を行える訓練を受けた専門医の不足が大きな障壁になっていると指摘する。「治療費を手頃にする仕組みが必要です。そして、手術を執刀できる訓練された外科医が現場にいなければなりません」。
イェケ=サー氏もこれに同意し、「ここ5年から7年、リベリアにはこれらの損傷を修復できる外科医が本当にいません」と現状を認める。
UNFPAによると、産科瘻孔は、女性が必要な時に帝王切開などの緊急産科医療を迅速に受けられれば予防可能である。しかし、キャセル氏によれば、特に地方の診療所では複雑な産科救急事態への対応が難しく、早期発見と合併症管理が課題となっている。「患者が介入可能な施設に到着する頃には、恒久的な損傷を防ぐための時間はすでに失われているかもしれません」と彼は言う。
リベリア保健省は、定期的な治療キャンペーンに頼る体制からの脱却を目指している。同省の瘻孔問題担当者であるノウィア・ゴープドロ=デニス氏は、瘻孔の予防と治療を、より広範な母子保健制度に統合していく方針を明らかにした。計画には、専門医の育成、国内初の瘻孔治療ユニットの設立、国家戦略の策定などが含まれている。これにより、資金や専門医が確保できた時にしか実施できない高価なキャンペーンを待つ必要がなくなるという。
しかし、こうした計画の実現には課題もある。スウェーデンや米国からの援助が近年打ち切られ、リベリアの医療システムは医薬品などの必需品不足に直面している。
そのような中、2023年12月、政府は約8年ぶりに全国規模の産科瘻孔治療キャンペーンを実施した。ロルプさんは、長年の孤立に終止符が打たれることを期待して、フィービー病院でのキャンペーンに参加した。
そこには、ロルプさんと同じように、リベリア各地から2日以上かけてやって来たジェネットさん(仮名)のような女性たちもいた。しかし、100人以上が登録したものの、手術を受けられたのはわずか33人だった。ジェネットさんは「あなたの損傷は重すぎるので、次のキャンペーンを待ってください」と告げられた。「この恥ずかしさと3年も生きてきて、まだ治療が受けられないなんて」と彼女は打ちひしがれた。
ロルプさんもまた、手術を受けられないまま病院を後にした。病院側は再度の手術を手配すると伝えたが、具体的な日程は示されなかった。キャセル氏によると、損傷を放置する期間が長引くほど、手術はより複雑で困難になるという。
産科瘻孔の女性たちは、身体的な苦痛だけでなく、社会的な孤立や偏見にも苦しむ。ロルプさんは地域社会で「魔女」と呼ばれたり、不貞の罰だと非難されたりした。「この病気はつらいです。友達の中にも入れません」と彼女は涙ながらに語る。
ロルプさんとジェネットさんは手術は受けられなかったが、フィービー病院のリハビリプログラムに参加することができた。石鹸作りや菓子作りの職業訓練を受け、それぞれ75米ドルの帰宅費用と、石鹸作りのための起業キットを受け取った。このプログラムは、西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)からの資金で実現した。
現在、二人は故郷のコミュニティで石鹸を作り、販売している。できる限りの方法で生活を再建しながら、未だ日程の決まらない手術の連絡を、今も待ち続けている。